前院長 藤原正博のコラム

前院長 藤原正博が在任中に書いたコラムを掲載しております。

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血圧計の話

 日本高血圧学会から出されているガイドラインによれば、「収縮期血圧が140 mmHg以上、かつ/または拡張期血圧が90 mmHg 以上の場合に高血圧とする」とされています。皆さんが普段口にされる「上の血圧」とか「最高血圧」というのが収縮期血圧、「下の血圧」あるいは「最低血圧」が拡張期血圧です。この基準を満たす高血圧の方が、日本全国で約4,300万人いるそうです。
一昨年の4月、日本人間ドック学会が血圧の基準範囲を提唱し、147/94 mmHgまでは正常としたため、一時期高血圧の診断、治療に混乱をきたしましたが、世界的には140/90 mmHg以上を高血圧とするのが一般的なようです。

 血圧を測るには、手術時のように血管内にセンサーを挿入して直接動脈圧を測定する方法と、間接的に測定する方法とがあります。間接法は普段私達が診察時に使っている水銀血圧計によるものと、皆さんが家庭で使っておられる自動式血圧計によるものなどがあります。

 水銀血圧計が発明されたのは100年以上前で、現在まで診察室で血圧を測定する際に使われて来ました。血圧の単位がmmHgなのはそのためです。上腕にカフと呼ばれる袋状のベルトを巻き付け、送気球(ポンプ)を操作してカフを加圧します。肘関節屈側中央に聴診器を当て、カフ圧を徐々に下げながらコロトコフ音という拍動音を聴いて血圧を測定します。最初に聴こえる拍動音をコロトコフ音第Ⅰ相といい、この時の血圧が収縮期血圧です。カフ圧を下げ、拍動音が聴こえなくなった時をコロトコフ音第5相といい、この時の血圧が拡張期血圧になります。
 一方自動血圧計は、カフ内にマイク等の音響センサーを設置し、カフの加圧、減圧を自動的に行いながら拍動音を感知するというものです。現在では技術の進歩により、精度・信頼性は水銀血圧計と変わらないとされています。ただし、指や手首に巻いて測るタイプは正確性に疑問があり、避けた方がよいとされています。

 皆さんは何気なく血圧を測っておられると思いますが、高血圧学会のガイドラインには、こうして測りなさいという測定条件が示されています。
 まず診察室での血圧測定の場合は、静かで適当な室温環境で、背もたれ付きの椅子に座って数分の安静後、カフを心臓の高さに維持して坐位で測定する、急速にカフを加圧した後、2~3 mmHg/秒で排気する、1~2分の間隔をあけて少なくとも2回測定する、安定した値を示した2回の平均値を血圧値とする、厚手の上着の上からカフを巻いてはいけない、厚地のシャツをたくし上げて上腕を圧迫してはいけない、聴診者は十分な聴力を有する者で、かつ測定のための十分な指導を受けた者でなくてはならない…。これを全て順守していたら、病院の外来診療は回りません。実際、ほとんどの健診や診療現場では無視されているとのこと。私も一部の患者さんを除いて腹部触診後、仰臥位のままで血圧を測ることがほとんどです。間隔をあけて2回測るようなことはしていません。
じゃあ診察室血圧は無意味なのかというと、そうではありません。若干精度管理に問題はあっても、その時点での患者さんの血圧であることに変わりはなく、事実、自動血圧計が普及する前は、診察室血圧が高血圧症の診断・治療の指標として使われてきたのです。
 家庭での血圧測定の場合は、測定環境は診察室での測定と同様で、朝起床後1時間以内、排尿後、服薬前、朝食前、坐位1~2分安静後、1機会原則2回測定し、その平均をとる、と記載されています。皆さんはこの条件を守っていますか? 2回測定するのが大変なら、1回でもいいですよ、ということになっています。また1回目と2回目の測定値に乖離があって、心配だからもう一度測ってみたという場合は、3回の測定値の平均をその時の血圧値とする、とも記載されています。

 診察室での血圧測定の精度管理が無視されているせいか、最近は家庭血圧あるいは自由行動下血圧の方が重視される傾向にあります。ただ高血圧の基準が若干下がり、診察室血圧に基づく場合は140/90 mmHgであったものが、家庭血圧では135/85 mmHgとなっています。

 このコラムでは「高血圧症」の話はしませんが、白衣高血圧(診察室で測定した血圧が高くても、診察室外血圧は正常)あるいは仮面高血圧(診察室血圧は正常だが、診察室外血圧が高い)の診断のためには、診察室血圧と家庭血圧の両者を測定する必要があります。どちらか一つでいいというわけではなく、両者を上手に組み合わせて利用するべきでしょう。

 ところで100年以上使われてきた水銀血圧計ですが、水銀の環境への影響から新たな製造が中止となり、現在使われているものもいずれ回収されることになりました。皆さんの中には医師に水銀血圧計で血圧を測ってもらうことに安心感を抱かれる方もいらっしゃると思いますが、ちょっと残念かもしれませんね。
前回のコラムで人工知能の話をしましたが、血圧測定も将来機械に取って代わられるものの一つと言えそうです。
 (平成28年5月19日)